「顧問料を上げたいが、顧問先が離れるのが怖い」――多くの税理士事務所が抱えるジレンマです。記帳代行の価格競争、増え続ける業務範囲(インボイス・電帳法対応)、上がる人件費。それでも顧問料が20年前の水準のまま、という事務所は珍しくありません。値上げに踏み切れない最大の原因は、「いくらであるべきか」の根拠を自分が持っていないことです。
この記事では、作業時間ベースの原価計算から料金表を設計し、値上げの影響をシミュレーションして、通知の伝え方まで落とし込む手順を解説します。実は、当ブログで紹介してきた値上げの損益計算(関連記事:No.86 値上げシミュレーション)を事務所自身に適用する回です。
ステップ1:顧問先別の「原価」を計算する
料金の根拠は原価から始まります。顧問先ごとに、月次・決算・年調等の年間投入時間を見積もり(正確な工数記録があればベスト:関連記事:No.142 担当者別の生産性の見える化)、時間単価を掛けて年間原価を出します。
担当者の時間単価 =(年収×1.5〜2.0(法定福利費・間接費係数))÷ 年間実働時間
顧問先別の年間原価 = Σ(業務別投入時間 × 担当者の時間単価)
顧問先別の採算 = 年間報酬 − 年間原価
この計算をすると、ほぼすべての事務所で「手間のかかる低額顧問先が赤字で、優良顧問先の黒字が補填している」構造が数字で見えます。値上げは全顧問先一律ではなく、この採算表に基づく個別判断が出発点になります。
ステップ2:料金表を設計する
属人的な「言い値」から脱却するには、基準の明文化された料金表が必要です。実務的な設計は次の3層構造です。
- 基本料金:売上規模×訪問頻度(または面談頻度)のマトリクスで月額顧問料を設定
- 加算項目:記帳代行(仕訳量ベース)、給与計算(人数ベース)、消費税申告、年末調整、法定調書など作業量に比例する項目を個別に価格化
- スポット料金:融資支援、税務調査立会、相続、各種シミュレーションなどの付加価値業務
ポイントは、「何が含まれ、何が別料金か」を明確にすること。値上げへの不満の多くは金額そのものより「何をしてくれているか分からない」ことから生まれます。料金表は価格の根拠であると同時に、業務範囲の合意書でもあります。
ステップ3:値上げの影響をExcelでシミュレーションする
値上げ率と解約率の関係は、No.86で解説した客離れ許容率の式がそのまま使えます。
許容解約率 = 値上げ率 ÷(限界利益率 + 値上げ率)
例:限界利益率60%の事務所が15%値上げ → 15/(60+15) = 20%まで解約されても利益は減らない
顧問先別の採算表に「改定案の月額」列を追加し、①全体の増収額、②仮に採算下位の顧問先が離れた場合の損益、③解約が投入時間の削減(=他の顧問先への再投資余力)を生む効果、の3つを並べます。「多少の解約は織り込み済み」という数字の裏付けがあって初めて、価格交渉に平常心で臨めます。
ステップ4:通知のタイミングと伝え方
- タイミング:決算後の報告面談か、契約更新時が自然です。繁忙期のメール一斉通知は最悪手。最低3か月前の予告が信頼を守ります
- 伝え方の骨子:①これまでの提供価値の振り返り(決算報告書などの成果物:関連記事:No.122 決算報告書の作り方)、②業務範囲と料金の対応の明示(新料金表)、③改定の理由(業務範囲の拡大・品質維持)、④選択肢の提示(業務範囲を絞って現行料金に近づけるプランも用意)
- 優先順位:採算の悪い順・関係の深い順など、通知の順番も設計します。全件一斉より、数か月かけた個別対応の方が解約率は下がります
④の「選択肢の提示」が特に重要です。値上げか解約かの二択ではなく、記帳の自計化移行や面談頻度の調整で顧問先側にもコントロール権を渡すと、交渉は対立ではなく設計の相談になります。
実務の注意点・つまずきポイント
- 新規から先に適用する:既存の値上げより、まず新規顧問先を新料金表で受けるのが最も摩擦のない第一歩です。既存への適用はその実績を持って進めます。
- 「相場」より「原価」で語る:他事務所の相場は参考値に過ぎません。自事務所の原価と提供価値で語れる料金だけが、交渉で崩れません。
- 無料サービスの棚卸し:「ついで」でやってきた業務(融資資料の作成、補助金情報の提供など)を書き出し、料金表に載せる(無料で続けるなら「含まれている」と明示する)だけでも、価値の伝わり方が変わります。
- 値上げと同時に品質の見える化を:報告資料のアップグレードなど、目に見える改善をセットにすると納得感が大きく変わります。
- 解約への心構え:採算最下位層の解約は、シミュレーション上は織り込み済みの健全な新陳代謝です。感情的には辛くても、数字に立ち返ってください。
料金シミュレーターをご用意しています
この記事の構成(顧問先別の原価・採算計算→料金表の3層設計→値上げの影響試算→通知の優先順位)を組み込んだExcelシミュレーターを販売しています。担当者の時間単価と顧問先ごとの投入時間を入れれば、採算の見える化から改定案の増収試算まで一気通貫で検討できます。顧問料に悩む所長の意思決定ツールとしてどうぞ。
工数の実測はKPI管理の記事を(関連記事:No.142 担当者別の生産性の見える化)、値上げ計算の理論はこちらをご覧ください(関連記事:No.86 値上げシミュレーション)。
まとめ
- 値上げに踏み切れない原因は根拠の不在。原価計算から始める
- 顧問先別の採算表で「赤字顧問先を黒字顧問先が補填する構造」を可視化する
- 料金表は基本×加算×スポットの3層で設計し、業務範囲の合意書として機能させる
- 許容解約率の式で「何%離れても大丈夫か」を数字で持ってから交渉に臨む
- 3か月前予告・個別対応・選択肢の提示が解約率を下げる伝え方の3原則

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