原材料費や人件費の上昇が続くなか、「値上げしたいが、お客さんが離れたら逆に利益が減るのではないか」という不安から価格改定に踏み切れない経営者は少なくありません。実は、値上げと客離れの関係は感覚で判断するものではなく、「何%まで数量が減っても値上げ前より利益が残るか」という損益分岐の計算で機械的に答えが出せます。
この記事では、値上げシミュレーションの基本となる「客離れ許容率」の計算式と、Excelで値上げ率×数量減少率の比較表を作る手順を解説します。据え置き・値上げ・値下げの利益比較を1枚のシートにまとめれば、社内の意思決定資料としても、税理士事務所から顧問先への提案資料としてもそのまま使えます。
値上げシミュレーションの基本:客離れ許容率とは
客離れ許容率とは、値上げによって販売数量が減っても、値上げ前と同じ利益を確保できる数量減少率の上限のことです。実際の数量減少がこの許容率より小さければ、値上げは利益を増やす打ち手だったと判断できます。
計算のカギになるのは粗利率ではなく限界利益率(売上高から変動費を引いた利益の割合)です。値上げ分は変動費が増えないためそのまま限界利益に上乗せされ、数量減少は限界利益を丸ごと失わせる、という非対称な関係にあるからです。
客離れ許容率は次の式で求められます。
客離れ許容率 = 値上げ率 ÷(値上げ前の限界利益率 + 値上げ率)
例えば限界利益率40%の商品を10%値上げする場合、10%÷(40%+10%)=20%。つまり販売数量が20%減っても利益は値上げ前と同じで、減少が20%未満なら利益は増えます。「1割の値上げで2割の客離れまで耐えられる」という直感に反する結果になるのは、値上げ分がまるごと利益になるためです。
逆に値下げの場合は同じ式の符号が逆になり、限界利益率40%の商品を10%値下げすると、利益を維持するには数量を約33%増やす必要があります。値下げがいかに割に合わない打ち手かも、この式から読み取れます。
Excelで値上げシミュレーターを作る手順
ステップ1:前提条件の入力欄を作る
まず、シート上部に現状の数値を入力する欄を作ります。最低限必要なのは次の4項目です。
- 現在の販売単価(B2セル)
- 現在の販売数量(B3セル)
- 1個あたり変動費(B4セル):仕入原価・材料費・外注費など
- 固定費(B5セル):家賃・人件費など数量に関係なく発生する費用
現状の利益と限界利益率は次の式で自動計算します。
現状の限界利益率 = (B2-B4)/B2
現状の利益 = (B2-B4)*B3-B5
ステップ2:客離れ許容率を自動計算する
値上げ率の入力セル(B7セル、例:10%)を作り、許容率を数式化します。
=B7/((B2-B4)/B2+B7)
このセルに「販売数量が○%減までなら値上げが有利」とラベルを付ければ、経営者への説明はこの1行で完結します。
ステップ3:値上げ率×数量減少率のマトリクス表を作る
次に、縦軸に数量減少率(0%〜30%を5%刻み)、横軸に値上げ率(0%〜20%を5%刻み)を並べ、交点に利益額を表示するマトリクスを作ります。左上の起点セルに次の式を入れ、行・列を複合参照で固定して全体にコピーします。
=($B$2*(1+D$10)-$B$4)*$B$3*(1-$C11)-$B$5
D10が横軸の値上げ率、C11が縦軸の数量減少率です。条件付き書式で「現状の利益より大きいセルは緑、小さいセルは赤」に塗り分けると、どの組み合わせまでが安全圏かが一目でわかるヒートマップになります。
ステップ4:据え置きとの利益比較表を添える
最後に、意思決定用のまとめとして「据え置き」「値上げ(想定客離れあり)」の2列で売上高・変動費・限界利益・固定費・利益を並べた比較表を作ります。想定する数量減少率の入力欄を設け、営業担当の肌感覚(例:常連が多いので5%減程度)を入れて利益差額を見せると、会議での合意形成が一気に進みます。
実務の注意点・つまずきポイント
- 粗利率と限界利益率を混同しない:会計上の売上総利益率には固定費的な労務費が含まれることがあります。数量に比例して増減する費用だけを変動費として拾い直してください。
- 商品ごとに計算する:全社平均の限界利益率で計算すると、低採算商品の値上げ余地を見誤ります。主力商品から個別にシミュレーションするのが基本です。
- 許容率は「利益トントン」のライン:許容率ギリギリの客離れなら利益は増えません。実際の判断では許容率の半分程度の数量減少を想定するなど、安全余裕を見ておきます。
- 値上げと同時のコスト増に注意:パッケージ変更や告知費用など、値上げに伴う一時費用は固定費に上乗せして計算します。
- 取引先への説明資料とは分ける:このシートは社内の意思決定用です。取引先向けの価格改定のお願い文書では、原価上昇の根拠資料を別途用意しましょう。
値上げシミュレーターのテンプレートをご用意しています
ここまでの計算式・マトリクス表・比較表を組み込み済みのExcelテンプレートを販売しています。前提条件を4つ入力するだけで客離れ許容率とヒートマップが自動表示され、印刷してそのまま会議資料になるレイアウトです。税理士事務所の方は、顧問先への価格改定提案ツールとしてもご活用いただけます。
あわせて、値上げ判断の前提となる損益構造の把握には損益分岐点の計算シートが役立ちます(関連記事:No.18 損益分岐点の計算)。商品別の採算把握には粗利管理表もご覧ください(関連記事:No.83 商品別・得意先別の粗利管理)。
まとめ
- 値上げの可否は「客離れ許容率=値上げ率÷(限界利益率+値上げ率)」で機械的に判断できる
- 限界利益率40%の商品なら、10%値上げで数量20%減まで利益は減らない
- Excelでは前提入力→許容率の自動計算→値上げ率×数量減少率のヒートマップの3段構成が実用的
- 計算には粗利率ではなく変動費ベースの限界利益率を使うのが鉄則
- 許容率はトントンのラインなので、実際の意思決定では安全余裕を見込む

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