中小企業の横領事件の報道を見て「うちは大丈夫だろうか」と不安になった経営者は少なくないはずです。実際、経理不正の多くは大企業ではなく、チェックの仕組みがない中小企業の「信頼している1人経理」で起きています。重要なのは、担当者を疑うことではありません。不正が物理的に起こせない仕組みを作ることが、担当者を守ることでもある――これが内部統制の正しい捉え方です。
この記事では、経理不正の典型手口と職務分掌(役割の分離)の考え方を整理し、人手の足りない中小企業・1人経理でもできる相互チェックの仕組みを、自己診断Excelチェックリストとして作る方法を解説します。
基礎知識:不正の典型手口と「分けるべき3つの機能」
経理不正の代表的な手口は、①架空の支払先への振込(自分の口座への送金)、②売掛金回収の着服と帳簿操作(ラッピング)、③経費の水増し・私的利用、④小口現金の抜き取り、の4つです。これらに共通するのは、「取引の承認」「資産の管理(支払実行)」「記録(記帳)」の3機能が同一人に集中しているときに起きるという構造です。
職務分掌の原則は、この3機能を別の人に分けること。とはいえ経理1人の会社で完全な分離は不可能です。そこで現実解は、「分けられる機能だけ分け、分けられない部分は事後チェックで補う」という設計になります。
1人経理でもできる相互チェックの仕組み
①振込の承認だけは社長が握る(最重要)
ネットバンキングの「作成権限」と「承認権限」を分離し、振込データの作成は経理、送信の承認は社長(またはもう1人の役員)とします。ほとんどの法人向けネットバンキングに標準装備されている機能で、コストゼロで導入でき、架空振込のルートをほぼ遮断できます。振込先の新規登録時の確認(請求書との突合)もこのタイミングで行います。
②通帳・証憑の「原本」を定期的に別の目で見る
月1回、社長がネットバンキングの入出金明細を直接(経理が加工した資料ではなく)眺める習慣をつけます。見るポイントは、知らない支払先・同額の連続振込・給与日以外の個人宛振込の3つだけ。10分で終わる作業ですが、「社長が明細を直接見ている」という事実自体が最大の抑止力になります。
③現金・回収の接点を減らす
小口現金の廃止(関連記事:No.128 小口現金を廃止する手順)と売上入金の口座一本化で、着服の機会そのものをなくします。売掛金の回収は入金消込表(関連記事:No.23 売掛金の滞留チェック)を社長も見られる状態にし、長期滞留の理由を定期的に確認します。
④「休ませる」ことがチェックになる
不正の多くは「休むと発覚する」ため、担当者が休暇を取らない・引き継ぎを嫌がる状態はリスクサインとされます。年1回の連続休暇と、その間の代行(社長・外部でも可)を制度化することは、福利厚生と内部統制を兼ねる施策です。
Excel自己診断チェックリストの作り方
診断項目を領域別に並べ、はい/いいえ/一部(プルダウン)で回答すると、領域別のリスクスコアが自動集計される形にします。
診断項目の例(全20〜30問):
【振込】振込データの作成者と承認者は別人か/振込先の新規登録は請求書と突合しているか
【現金】小口現金はあるか(あれば実査の頻度)/レジ現金は当日全額入金か
【記録】通帳・明細を経理以外が直接見る機会が月1回以上あるか
【回収】売掛金の滞留一覧を経営者が見ているか
【人事】経理担当は連続休暇を取れているか/引き継ぎ資料はあるか
スコア = COUNTIF(回答範囲,"いいえ")の領域別集計 → 条件付き書式で赤黄緑
「いいえ」が多い領域から、この記事の①〜④の対策を優先順位つきで適用します。全項目を一度に直そうとしないこと。まず①の承認分離だけでもリスクの大半は削れます。
実務の注意点・つまずきポイント
- 「疑っているみたいで言い出しにくい」への答え:仕組みの導入は担当者への疑いではなく、担当者が疑われない環境づくりです。この趣旨を明確に伝えて導入すれば、まともな担当者ほど歓迎します。
- 社長の例外を作らない:社長自身の経費・私的支出が無統制だと、仕組み全体の正当性が崩れます。ルールは社長にも適用します。
- 兼務の見える化:誰がどの機能(承認・実行・記録)を担っているかを表にするだけで、集中箇所が一目で分かります。経理規程の権限表(関連記事:No.127 経理規程・マニュアルの作り方)と連動させます。
- 発覚時の初動:不正の兆候を見つけた場合、本人への安易な追及より先に、証拠の保全と専門家(弁護士・税理士)への相談が原則です。
- 外部の目を定期的に入れる:税理士の月次監査・年1回の実査は、内部の相互チェックを補完する外部統制です。チェックリストの結果を顧問税理士と共有する運用をおすすめします。
内部統制チェックリストをご用意しています
この記事の診断項目(振込・現金・記録・回収・人事の5領域)を組み込んだExcel自己診断チェックリストを販売しています。回答するだけで領域別のリスクスコアと優先対策が表示され、経営者と経理担当が同じテーブルで対策を話し合う土台になります。税理士事務所の内部統制提案ツールとしてもお使いください。
まとめ
- 経理不正は承認・実行・記録の3機能が1人に集中したときに起きる
- 1人経理の現実解は「分けられる機能だけ分け、残りは事後チェック」
- 最優先はネットバンキングの作成・承認権限の分離。コストゼロで最大の効果
- 社長が明細原本を月1回直接見ること自体が最大の抑止力になる
- 仕組みづくりは担当者への疑いではなく、担当者を守る環境整備である

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