【2026年7月19日更新】防衛特別法人税(令和8年4月1日以後開始事業年度から適用)に関する注記を追加しました。
「利益がいくらになったら法人化すべきですか?」――個人事業主から最も多く受ける質問のひとつです。ネット上には「500万円から」「800万円から」と様々な目安が飛び交いますが、正解は家族構成・役員報酬の設定・消費税の状況によって一人ひとり違います。だからこそ、自分の数字で計算できるシミュレーションモデルに価値があります。
この記事では、個人事業と法人の「税金+社会保険料の総負担」を所得水準別に比較するExcelモデルの作り方を解説します。税率だけの比較で判断すると社会保険料の影響を見落とします。総額比較こそが法人成り判断の正しい土俵です。
法人成り判断の基礎知識:何と何を比較するのか
個人事業と法人では、同じ利益でも負担の構造がまったく異なります。
| 項目 | 個人事業 | 法人(役員報酬を取る場合) |
|---|---|---|
| 税金 | 所得税(累進5〜45%)+住民税+個人事業税 | 法人税等(利益に課税)+役員個人の所得税・住民税(給与所得控除あり) |
| 社会保険 | 国民健康保険+国民年金 | 健康保険+厚生年金(会社と個人で折半、報酬に比例) |
| 消費税 | 基準期間の課税売上高で判定 | 設立後の免税期間の可能性(要件あり) |
法人化の節税効果の源泉は主に「給与所得控除」「所得の分散(家族役員)」「累進税率から比例税率への切替」の3つ。一方で負担増の主役は社会保険への強制加入です。国保・国民年金と比べて、厚生年金は報酬比例で負担が重くなるケースが多く、ここを無視した「税金だけ比較」は判断を誤らせます(将来の年金給付が手厚くなる側面もあるため、負担と給付の両面で捉えるのが公平です)。
Excelでシミュレーションモデルを作る手順
ステップ1:税率・料率のマスタシートを作る
最初に、計算に使う率をすべて1枚のマスタシートに集約します。所得税の速算表、住民税率、個人事業税率、法人税・地方法人税・法人住民税・事業税の実効税率、健康保険・厚生年金の料率、国保の料率(市区町村で異なる)を表形式で登録します。税率・料率は改正が頻繁なため、計算式に直書きせずマスタ参照にするのがこのモデルの生命線です。なお、令和8年4月1日以後に開始する事業年度からは、法人税・地方法人税に加えて防衛特別法人税(基準法人税額に対する付加税。基礎控除年500万円があるため中小法人の多くは当面負担が生じにくい設計)の申告・納付が始まっています。法人側の実効税率マスタにはこの分の行も設け、使用時は最新の速算表・料率表に差し替えてください。
ステップ2:個人事業側の負担を計算する
事業所得(青色申告特別控除後)を入力すると、所得税・住民税・事業税・国保・国民年金が自動計算される列を作ります。所得税は速算表をVLOOKUP(近似一致)で引くのが定番です。
=課税所得*VLOOKUP(課税所得,速算表,2,TRUE)-VLOOKUP(課税所得,速算表,3,TRUE)
ステップ3:法人側の負担を計算する
法人側は「利益をいくら役員報酬で取り、いくら法人に残すか」で結果が変わります。役員報酬額を入力変数にして、次の4つを合算します。
- 法人税等 =(利益−役員報酬−社会保険料会社負担)× 実効税率
- 役員個人の所得税・住民税 = 給与所得控除・社会保険料控除を引いた課税所得に課税
- 社会保険料 = 標準報酬月額 × 料率(会社負担+本人負担の全額を「一族の財布」で捉える)
- 均等割 = 赤字でも発生する法人住民税の固定負担
役員報酬をデータテーブル(What-If分析)で0円〜利益全額まで振ると、その利益水準での最適な報酬設定も同時に見つかります。
ステップ4:所得水準別の比較表とグラフを作る
利益300万円〜1,500万円を100万円刻みで並べ、各水準の「個人の総負担」「法人の総負担(最適報酬時)」「差額」を一覧化します。差額がプラスに転じる利益水準が、その人の条件での法人成り分岐点です。折れ線グラフで2本の負担曲線を重ねると、交差点が視覚的に伝わり、顧問先への説明資料として完成度が上がります。
さらに、設立後の消費税免税期間の効果(インボイス登録の要否で大きく変わる点に注意)や、退職金の準備・欠損金繰越期間の違いなど、単年度比較に乗らない項目はチェックリストとして併記します。
実務の注意点・つまずきポイント
- 社会保険料を「損」とだけ捉えない:厚生年金は将来給付に反映されます。負担の比較と併せて、保障の違い(傷病手当金など)も説明に含めると納得度が上がります。
- インボイス制度で免税メリットは条件次第:取引先との関係で登録が事実上必須なら、設立時の免税期間の効果は限定的です。売上先の構成で判断します。
- 法人化のランニングコストを忘れない:税理士報酬の増額、社会保険手続き、決算公告など、金額換算してモデルの法人側に含めます。
- 役員報酬は期中変更できない:定期同額給与の制約があるため、シミュレーションの「最適報酬」は年1回の決定タイミングでしか動かせません。保守的な設定が実務的です。
- 税率・料率は必ず最新版で:所得税・法人税・社会保険料率はいずれも改正があります。本モデルはマスタ差し替えで対応する設計ですが、意思決定の際は顧問税理士にご確認ください。
法人成りシミュレーターをご用意しています
この記事のモデル(税率マスタ→個人側計算→法人側計算→所得水準別比較グラフ)を組み込んだExcelシミュレーターを販売しています。利益と家族構成を入力するだけで、総負担の比較グラフと分岐点が自動表示されます。開業層の方の自己判断の出発点として、また税理士事務所の法人成り提案の標準ツールとしてお使いいただけます。
法人化後の役員報酬の最適化はこちらの記事を(関連記事:No.9 役員報酬シミュレーション)、法人税の概算計算はこちらをご覧ください(関連記事:No.10 法人税の概算試算)。
まとめ
- 法人成りの判断は税金だけでなく「税金+社会保険料」の総額で比較する
- 節税の源泉は給与所得控除・所得分散・税率構造、負担増の主役は社会保険
- 税率・料率はマスタシートに集約し、改正時に差し替えられる設計にする
- 役員報酬をデータテーブルで振ると、利益水準ごとの最適報酬が同時に見つかる
- 分岐点は人によって違う。「いくらから」の一般論ではなく自分の数字で計算する

コメント